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「わたしが育った協同組合 ・ 四十余年」 岡安喜三郎 さん

お話し 岡安喜三郎 さん((社)協同総合研究所 理事長)
聞き手 名和又介先生(京都事業連合理事長、京滋・奈良ブロック会長)
今回は元連合会の専務で、今はワーカーズコープの研究所である協同総合研究所の岡安さんからお話を聞くことができた。昨年の予定が1年遅れて実現した。インタヴューはハイテンポで進み、ほとんど滞るところもなかった。大学生協の青春時代が、岡安さんのそれとも重なっていたような印象を受けた。今も社会問題に正面から取り組む岡安さんはやはり大学生協のリーダーであり、生協組合員が共助を超えて果たすべき役割を教えてくれる。

1.悪ガキほどではないが奔放に育ちました

名和 お忙しいなかインタヴューを受けていただきありがとうございます。まず冒頭に、ご出身と、そこでどのようにお育ちになられたのかについてお伺いしたいと思います。

上掛 わたしは埼玉県の出身です。昭和23年(1948年)1月、久喜町(現久喜市)で生まれました。生家は農家で江戸時代は名主でもあったようです。 子供の頃の記憶はほとんど遊びです。「ベーゴマ」「ビー玉」「釘刺し」「めんこ」「冬の凧揚げ、夏の川遊び」などです。お寺の森や空堀の中を駆けずり回る「戦争ごっこ」(軍人将棋に似たルールがある)もやりました。
夕方近く紙芝居屋さんが拍子木を鳴らすと、お寺の参道で遊んでいたガキどもが集まり、買ったニッキや水飴をなめながら紙芝居を観る。こんな記憶です。近所のいろんな学年がいっしょになって遊んでいた。近所ではない同級生とは、あぶない遊び、そのころは問題にならないが今では問題にされる遊びも結構やりましたね。オートバイとか空気銃などを触ったこともあります。

名和 そこでいわゆる「悪ガキ」として奔放に育ったということですか。......


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