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「鳥取畜産農協と大学生協の接点」 中山仁志さん

お話し 中山仁志さん(鳥取畜産農協/東部コントラクター)
聞き手 名和又介先生(京都事業連合理事長、京滋・奈良ブロック会長)
今回は「名和会長のインタビュー」の最終回です。前回の戸田さんに続いて学生委員体験者のお話になりました。一緒に活動した以前の学生さんが素晴らしい社会人になってインタビューに応えてくれました。
中山さんは学生時代から大人の感覚をお持ちだと思ってきましたが、今回もそう感じました。大学生協にかかわり、弱点のいくつかは協同組合間協力だと思ってきましたが、 それを実践している中山さんに大きな可能性を見出しています。

名和 前回のインタビューで登場いただいた戸田幸典さんとは世代が少し違うと思いますが、中山さんは学生時代に大学生協の学生委員としてさまざまな活躍をされ、当時の京滋・奈良地域センターで活動をご一緒したなという思い出があります。
 中山さんは京都工芸繊維大学卒業後、東京の外資系IT企業に就職され、数年を経た後突如変身をとげられ、鳥取の限界集落へ行かれるという、風変わりな転職をされたわけですが、わたしはそれがおもしろいと思っていて、大東京は知っているし鳥取の過疎地といえば地元の方には失礼ですが地方にも関わっておられる。昨年秋に、地域センターの学生事務局として共に活動しておられた島岡緑里さん、中谷志帆さんと鳥取を訪問させていただいたときに、中山さんや「地域おこし協力隊」で活動している渡辺萌生さんたちにお会いして『こんな若い人たちが頑張っているんだ』と強い印象を持ちました。そういう人たちの目には、これからの地域や農業がどう見えるかということに興味関心があります。これはわたしだけでなく多くのかたも同じだと思い、今回のお話につながりました。そこでまず、中山さんがどこで 生まれて、幼少年時代をどう過ごされたのか、お伺いしたいと思います。

青木 当時の京都府船井郡園部町(現・南丹市)で生まれ、父は岡山県出身、母親は京都府瑞穂町(現・京丹波町)の生まれで、共働き家庭で育ちました。両親の通勤圏内という理由で、園部町は昔から住んでいたわけではないので祖父母がいるわけでもなく、姉、弟と親子5人で暮らしていました。幼少時は明確に意識することはありませんでしたが、中学、高校時代は自分の存在がふわふわしている気がしてアイデンティティについて考えることも多く、コンプレックスが少しずつ支配していきました。そうしたなか大学進学を契機に理想の自分になりたいという思いのもと、大学入学後、大学生協に縁もあったしバイト、サークルなどやれることは何でもやって、見事に大学デビューを果たしました。

名和 自我の目覚め、自分とは何者かについて意識したということですね。......


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