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『 戦争遺跡保存全国シンポジウム 』 が開催されました

9月5日(土)~7日(月)の3日間にわたって千葉県・館山市を中心に第19回戦争遺跡保存全国シンポジウムが開催され、約400名が参加しました。
【戦争遺跡保存全国ネットワーク主催、NPO安房あわ文化遺産フォーラム共催、館山市、市観光協会など後援】
ツルハシの跡が生々しい大地下壕跡
写真  シンポ初日の午前、館山市・宮城の「赤山(あかやま)地下壕跡」の現地見学会があり、地元ボランティアガイドが案内にあたりました。この施設は館山市教育委員会が管理、県内外の訪問者に対応しているものです。この地下壕跡は旧館山海軍航空隊に隣接して総延長約1.6kmあり、かつては戦闘指揮所のほか発電所、野戦病院、奉安殿があったといわれています。館山を含む南房総地域は東京湾の要塞の一部として7万人もの陸海軍部隊が配置されていました。

また「本土決戦」を控えた戦争末期には、人間魚雷「回天(かいてん)」、特攻艇「震洋(しんよう)」、ロケット特攻機「桜花(おうか)」などの一人乗り「特攻兵器」の基地が数多く配置されていたということです。
戦争遺跡・文化遺産でまちづくり
写真  開会セレモニーでは、「富田先生の青い目の人形」という、童謡の実話にもとづいた語りがあり、続いて金丸館山市長から歓迎の挨拶がありました。記念講演「平和の文化と戦後70年の祈り」と題してハ・ジョンウン氏(韓国光州市立美術館名誉館長)から、韓国、日本の二つの祖国に生きるなかでの両国の文化交流の大切さについて語られました。

パネルディスカッション「戦跡と文化遺産を活かしたまちづくり」では、地元館山のNPO代表、市主任学芸員、沖縄県南風原はえばる町文化財審議委員、高知県香南市文化財調査員の方から活動の現状と課題について実践報告がなされました。
直接軍政下の4日間
写真  6日(日)朝から特別分科会「米占領軍の館山上陸と直接軍政/証言者のつどい」があり、冒頭、4年前に放映されたNHK「BS歴史館」での『それはミズーリ号から始まった―日本の命運を分けた2日間』が、番組制作者の佐野達也氏の解説とともに上映されました。それは9月2日の戦艦ミズーリ号艦上での降伏調印式直後にGHQ(占領軍司令部)から日本政府に通告された『三布告』をめぐるドキュメントで、日本政府を飛び越えてGHQが直接軍政のもとに支配し、①英語を公用語とする、②司法権をGHQにおく、③占領軍発行の軍用紙幣(軍票)「B円」を日本通貨とする、というものでした。

  その三布告に対する日本政府側の決死の交渉によって3日正午に撤回されることになりましたが、当日午前9時20分、『空白の時間』に千葉県館山に上陸した米軍部隊によって、4日の間、館山では直接軍政が実施されることになりました。当時、米軍の上陸をつぶさに見ていた元館山市教育長の高橋博夫氏をはじめ数名の報告と当時の状況について臨場感あふれる証言がありました。

 分科会終了後、閉会集会があり、大会アピールが採択された。また2016年8月20~21日に長野県松代において第20回全国シンポジウムが開催されることが報告された。
7日(月)には2コースのフィールドワークがあり、Aコースは以下を巡りました。

(1)館山海軍航空隊跡(現海上自衛隊館山航空基地)
(2)アメリカ占領軍・館山上陸地点
(3)特攻艇「震洋」波左間(はさま)基地跡
(4)館山海軍砲術学校烹炊(ほうすい)所跡
(5)平砂浦(へいさうら)演習場跡
(6)画家・青木繁「海の幸」誕生の家・ 小谷家住宅~青木繁記念碑
(7)布良崎(めらさき)神社
(8)大厳(だいがん)院「ハングル四面石塔」
(報告・京滋・奈良ブロック/芝田)
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(2)アメリカ占領軍・館山上陸地点
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(3)特攻艇「震洋」波左間(はさま)基地跡
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(4)館山海軍砲術学校烹炊(ほうすい)所跡